大判例

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名古屋高等裁判所 昭和26年(ネ)143号 判決

控訴人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し別紙目録<省略>記載の建物を明渡しかつ昭和二十四年四月十七日以降昭和二十六年九月末日迄は一ケ月金六百円、昭和二十六年十月一日以降右建物明渡済に至る迄は一ケ月金二千円の各割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を各求めた。

控訴人は当審において左のとおり附加陳述した。

本件家屋は従前控訴人の所有と主張したが之は控訴人の妻片岡ときの所有と訂正する。控訴人は之が管理を委託されているもので管理権に基いて被控訴人に対し之を賃貸していたものである。

本件家屋の明渡を求める正当の事由として従前述べたところの外になお左の如き事情がある。すなわち、

(イ)  控訴人の家族は七人で、控訴人夫婦は共に老齢の上病気がちであり孫三人は学校に通い控訴人一人の働きでは一家は生活することができない。控訴人の長男文一の妻ひさえは先年腹部の手術を行つたが、その余後思わしくなく何かと不便不自由を感じているが他に身寄りも少ないこととて交告雅恵(交告久太郎の妻)を頼りとし唯一の相談相手としている。しかるに同人等は遠隔の地に居住しているから同人等を自宅附近の本件家屋に居住せしめてその協力を得ることは控訴人家としてもきわめて必要なことがらである。その上控訴人は農を罷めて大きな商売を企てゝいるがこれには人が多く入用でありこの意味でも本件家屋を必要とする。

(ロ)  控訴人の五男片岡美男はその所有にかゝる加茂郡太田町城房三千六百十四番地の家屋一棟(六畳二室玄関土間一間勝手場一間炊事場便所物置等を具える。)を被控訴人の移転先として提供することを承諾している。しかも右家屋は本件家屋の附近に在り環境は本件家屋と大差なく移転も簡単に行われうる次第である。

次に被控訴人は本件賃貸借解約申入の効果を争うから、被控訴人主張の如く本件賃貸借がなお存続するとすれば控訴人は予備的に次の如く主張する。すなわち、

控訴人は昭和二十七年五月三十日付書面を以て昭和二十四年四月一日より昭和二十七年五月末迄の延滞賃料合計金三万四千円(昭和二十四年四月一日より昭和二十六年九月末迄は一ケ月金六百円の家賃、同年十月一日より昭和二十七年五月末迄は一ケ月金二千円の家賃)を一週間内に支払うべく、もし右期間内に之が支払のないときは本件賃貸借を解除する旨の催告並に停止条件附契約解除の意思表示をした。しかるに被控訴人は同日之をうけとりながら独自の計算に基く少額の金員を供託しただけで、右期間内に右賃料債務を完全に履行していない。よつて本件賃貸借は右催告期間の経過によつて昭和二十七年六月六日かぎり解除されたものである。

なお本件賃貸借契約書(甲第一号証)第四項において「賃借人が賃料の支払を一回たりとも怠つたときはその翌月は本件家屋を明渡す」との旨を約定している。そして被控訴人は前記のとおり昭和二十四年四月分以降の賃料を支払わないまゝ今日に及んでいるのであるからこの点からするも本件賃貸借は夙に終了している筋合である。

よつて被控訴人はいずれにせよ本件家屋明渡の義務を負うものである。

被控訴代理人は当審において左のとおり答弁した。

仮りに交告久太郎を居住させる家屋を必要としても控訴人はその居住にかゝる家屋の東隣に接する家屋で、元訴外田上利に賃貸してあつたものを同人をして明渡をさせて現に空屋のまゝとなつている。これこそ前記久太郎の住居としては最適のものと思われる。又控訴人は本件家屋の北隣に接続する家屋を所有して訴外横堀義一に賃貸していたところ昭和二十七年中、同人に之を明渡させて他に売却した。右売却に際しては被控訴人も人を介して買受の申込をしたけれども控訴人は肯じなかつた。さらに又控訴人は本件家屋の一軒おいて南に家屋を新築完成した。故に真実交告久太郎を居住させる必要があるものとすれば、右の中いずれの一戸でも事足りる筋合であるにかゝわらず被控訴人に対し商売の全く不能な場所に在る家屋を提供するから移転せよと強制して被控訴人を苦しめるのは不当も甚しい。

次に本件家屋の賃料支払状況について述べるに、昭和二十三年十一月分より同二十四年三月分迄の家賃は控訴人において一ケ月金六百円宛支払うべしと要求したので、統制令違反の賃料ではあるが被控訴人は当時右五ケ月分合計金三千円を支払つた次第である。しかるに昭和二十四年四月に至つて控訴人は家賃一ケ月金二千円宛支払うべしと要求したので、被控訴人は統制令に違反するばかりでなく、とうてい負担に堪えられない額であるの故を以て金六百円程度に願いたいと懇願したけれども、控訴人は応じてくれないため已むなく同年四月分として金六百円を弁済供託した。

本件家賃の適正賃料は当初の昭和二十四年四月から昭和二十五年七月迄は一ケ月金百五十円、昭和二十五年八月より昭和二十六年九月迄は一ケ月金四百五十円、昭和二十六年十月一日以降は一ケ月金八百八十六円である。

しかるに控訴人はその主張の昭和二十七年五月三十日頃家賃を支払へと口頭で申入れて来たので、被控訴人は早速太田町役場に赴き適正賃料を調べたところ、前記のとおりであつたので之に遵つて昭和二十七年六月一日控訴人方へ昭和二十四年五月分から昭和二十七年五月分迄合計金一万五千六百三十八円を持参したのであるが、控訴人は催告のとおり金三万四千円を持参せよと申して之を受領しないので、被控訴人は直に右金員を弁済供託した。なおその後の分についても引続き適正賃料を供託している次第である。

控訴人は本件賃貸借契約書第四項の条項を楯に取つているが、之は例文であつて当事者を拘束するものでないのみならず、被控訴人は一回も家賃の支払を怠る意思はなく誠実に支払おうとするのであるけれども控訴人において過当の要求をして受領を拒んでいるのが実状である。

因に昭和二十三年十一月一日より昭和二十七年十一月末迄の間に被控訴人が支払いもしくは弁済供託した総額は金二万四千五百五十四円に達し適正賃料よりも金二千七百円の過払となつている。

従て控訴人の本訴請求の失当なること洵に明である。

以上の外当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示のとおりであるから(但し控訴人の前記訂正にかゝる部分を除く)これを引用する。

<立証省略>

三、理  由

別紙目録記載の本件家屋は控訴人の妻片岡ときの所有にかゝるものであることは成立に争のない甲第十号証によつて明であり、之を控訴人が同人の委託により管理しているものであることは被控訴人の明かに争わないところである。

そして右家屋につき控訴人被控訴人間に昭和八年十一月二十四日、賃料を一ケ月金十二円五十銭毎月末払の約定で期間の定なく賃貸借契約が結ばれ爾来被控訴人が居住していること及び昭和二十三年十月十一日以降の賃料を一ケ月金百五十円と改定したこと並に同月十六日控訴人から被控訴人に対し右賃貸借の解約の申入をしたことは当事者間に争がない。

控訴人は右解約の申入につき正当の事由があると主張し被控訴人は之を争う、よつてしらべるに、控訴人はまず控訴人と近親の関係にある訴外交告久太郎(同人の妻と控訴人の妻は姉妹である)が名古屋市で戦災にあい住宅に困窮しているから、同人夫婦等を本件家屋に住まわせる必要があるという。そして原審における証人交告雅恵同交告久太郎及び原告本人片岡藤治郎はそれぞれ右と同旨の証言供述をなしかつ甲第三号証の一、二によると一応そのようにみえる記載があるけれども、これらはすべて原審証人岡本倭幸の証言及び原審検証(第一回)の結果に対比するととうてい信用することができない。すなわち、

右証拠によると交告久太郎は名古屋市で戦災にあい、昭和二十年五月十八日以降名古屋市瑞穂区花の目町二丁目三番地所在の家屋をその所有者岡本倭幸より賃借居住しているのであるが、右岡本は爾来交告久太郎に対し右家屋の明渡又は買取を要求したことがないこと及びその家屋は四畳半、三畳、六畳二畳の外玄関板縁勝手場を具え、右久太郎の家族八、九名が之に居住することはもとより充分な余裕ありとはいえないまでも、名古屋市内における一般住宅事情からすると、必しも不便狭隘なものでないことが認められ、従て交告久太郎一家は別段住宅に困つているものとは考えられないのである。よつて本件家屋に右久太郎夫婦等を住まわせる必要があるというのは虚構であるといわねばならない。

また控訴人は農を罷めて人を多く使用せねばならない大きな商売を企てているというがこれを認めるに足りる証拠は少しもない。

また控訴人は本件家屋の代わりとして被控訴人に提供すべき家屋は、本件家屋と環境において大差ないというが当審検証の結果によると控訴人主張の家屋は本通りから横道に入つた所に在つて、本件家屋の如く商売の利くところではないことが認められるからその主張も当たらないといいうる。

却て成立に争のない甲第七号証同第十四号証の一、二、三成立を認められる同第九、十三号証、当審証人武市兼雄原審及び当審における被控訴本人高橋文夫の各訊問の結果原審検証(第二回)及び当審検証の結果を綜合すると次のような事情が認められる。すなわち、

「控訴人は太田町三七八一番地に相当広い家屋を所有居住しているのであるが、その東側に接続する家屋をも所有し之を曾て訴外田上利に賃貸していた(その賃借人が田上利であることは当裁判所にさきに繋属した控訴人、田上間の家屋明渡訴訟によつて当裁判所に顕著である。)。又控訴人は本件家屋の北側及び南側にそれぞれ隣接する家屋を所有し、之をそれぞれ訴外横堀義一、森正雄に賃貸していたが右三名の賃借人に対しても本件と相前後して右各家屋の明渡訴訟を提起し、右田上利に賃貸していた家屋は同人との訴訟上の和解により之が明渡をうけしばらく放置していたところ、最近に至つて之を控訴人の長男片岡文一の居住に宛て横堀義一に賃貸していた家屋は同人との訴訟上の和解によつて之が明渡をうけ、まもなく訴外武市兼雄に売却し、森正雄に賃貸していた家屋は同人との訴訟上の和解によつて同人に売渡した。

なお右森正雄居住家屋の南側に隣接して最近控訴人の息子片岡美雄の名義で新家屋が建設せられ、同人が従前居住していたその裏側に在る家屋(前記被控訴人に提供した家屋で目下空屋となつている)から之に移転居住している。」

そして後に説明するとおり控訴人は昭和二十四年四月被控訴人に対し当時としては法外に高額な金二千円を家賃として毎月支払へと強要した事実があり、又甲第八号証の一、二の記載によると控訴人は被控訴人に対し控訴人の要求する月々の賃料(それは統制法規に違反する不当な額であることは後に説明するとおりである)を支払うならば、賃貸借を継続せしめる用意ある旨を言明していることが明かであり、これらの事実と右続出せる家屋明渡訴訟の経過とを考え合わせると控訴人が被控訴人に対し本件家屋の明渡を請求する主たる目的は法規の容認しない賃料の値上に在ることが推察されるのである。

しからばその不当なるこというまでもなく本件賃貸借解約申入には正当の事由がないと認めざるをえない。

前記のとおりその存在を否定した事情の外になお控訴人が主張するような事情が、仮令あつてもそれは右正当の事由なしとの認定を少しも妨げるものでない。

よつて右解約の申入はその効力を生ずるに由なく本件賃貸借は之によつて終了するものでないこというまでもない。

次に賃料債務不履行による本件賃貸借解除の主張についてしらべる。

真正に成立したと認むべき甲第八号証の一、二によると、控訴人は昭和二十七年五月三十日付書面で被控訴人に対し、本件家屋の延滞賃料として昭和二十四年四月一日より同二十六年九月末迄は一ケ月金六百円の割合で合計金一万八千円、昭和二十六年十月一日より同二十七年五月末迄は一ケ月金二千円の割合で合計金一万六千円、以上総計金三万四千円を一週間内に支払うべく、もし右期間内にその完済をしないときは本件賃貸借を解除する旨の催告並に停止条件附賃貸借解除の意思表示をなし即日之が被控訴人に到達したことを認めうる。

そして前記甲第七号証成立に争のない乙第一号証前記被控訴本人高橋文夫の供述並に同供述により真正に成立したと認むべき乙第二号乃至第五号証によると、被控訴人は右催告によつて直に太田町役場に就いて昭和二十四年五月分から昭和二十七年五月分迄の本件家屋の適正賃料を調べ、同役場の報告どおりの額すなわち金一万五千六百三十八円を調えてその頃控訴人方へ支払のため赴いたが、控訴人は催告のとおりの金額を支払へと要求して右弁済の受領を拒否したので、已むなく被控訴人は昭和二十七年六月四日控訴人のため右金一万五千六百三十八円を適法に弁済供託した。又之より先昭和二十四年四月、控訴人は同月分以降の賃料を毎月金二千円宛支払へと要求したので、被控訴人はその負担に堪へかね、さきに協定したとおり金六百円に願いたいと申出でたが、控訴人の容れるところとならなかつたので、已むなく被控訴人は昭和二十四年五月二十三日付で同年四月分賃料として金六百円を控訴人のため適法に弁済供託したことがそれぞれ認められ右認定を左右するに足る証拠はない。

よつて被控訴人が昭和二十四年四月分から昭和二十七年五月分迄の賃料として供託した総額は金一万六千二百三十八円となること計数上明である。

ところで前記被控訴本人高橋文夫の供述と原審検証(第二回)及び当審検証の結果によると被控訴人は本件家屋の表側道路に面する小部分(その床面積は十坪を超えないもの)を元青果乾物商の、現在種苗商の営業の用に供していることが明であるから、本件家屋はいわゆる併用住宅として依然としてその賃料等につき地代家賃統制法規の適用をうけるものであるといわねばならない。

そこで本件家屋の適正賃料をしらべるに前記のとおり、昭和二十三年十月十一日当時の賃料が一ケ月金百五十円であることは当事者間に争がないのであるから、この額を基準として地代家賃統制法規に当審証人小川直雄の証言を参酌して算出するとそれは、昭和二十四年四月分及び五月分は各金百五十円で合計金三百円、昭和二十四年六月分から昭和二十五年七月分迄は一ケ月金二百四十円(右百五十円の一・六倍)で合計金三千三百六十円、昭和二十五年八月分から昭和二十六年九月分迄は一ケ月金四百二十一円九十四銭で合計金五千九百七円十六銭、昭和二十六年十月分から昭和二十七年五月分迄は一ケ月金八百六十一円で合計金六千八百八十八円、以上総計金一万六千四百五十五円十六銭となることが明である。

被控訴人が右同期間の賃料として供託した総額は前記のとおり金一万六千二百三十八円であるから、之を右適正賃料一万六千四百五十五円十六銭からさしひくと金二百十七円十六銭の不足となるのであるが、右は全供託額に比してはきわめて少額であるのみならず、前記のとおり被控訴人は太田町役場に就いて調査した額を適正賃料と信じて供託したものであり、このことと普通一般人民に正確なる統制賃料の算出を強いることは無理であることを考え合わせると、右不足についてはその責を問うことはできないと解するを相当とする。

それ故本件賃貸借解除の要件たる債務不履行は存しないものというべく、控訴人のした停止条件附契約解除の意思表示はその効力を生ずるに由がない。従て本件賃貸借は之によつて終了するものでない。

そして前記乙号各証によると、被控訴人は前記の供託の外引続き爾後の分についても賃料として相当の額に上る金員を適法に供託していることが明であるから、これらの供託によつて控訴人において本件賃貸借が終了したと主張する昭和二十七年六月六日迄の賃料債務はすべて消滅に帰したものと認めるを相当とする。

控訴人は本件賃貸借契約書(甲第一号証)の第四項において賃料の支払を一回たりとも怠つたときは本件家屋を翌月明渡すこととの条項がある、しかるに被控訴人は昭和二十四年四月分以降の賃料支払を怠つているから之によつても本件賃貸借は終了したと主張するが、かゝる例文的条項の記載だけでは未だ以て控訴人被控訴人間にこの条項に該当する合意が成立したものと認めがたく、その他之を認めるに足りる証拠がない。従てこの条項を前提とする控訴人の主張は理由がない。

以上みたところによつて被控訴人は本件家屋明渡の義務はもとより控訴人主張の賃料支払の義務をも負うものでないことが明である。

なお控訴人において本件賃貸借が終了したと主張する以後の分の金員の請求は損害金の支払を求める趣旨と解すべきであるから本件賃貸借が前記のとおり存続するものである以上その請求の失当であるこというまでもない。

従て控訴人の本訴請求を棄却した原判決は洵に相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 中島奨 白木伸 県宏)

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